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哲学的な深層心理学のような要は駄文

2005.05.03 Tue

人は孤独を嫌がりますね。
孤独ってのは一人、つまり自分一人で居るのが嫌なわけですよね。
つまり自分が一人、自分自身が怖いって事なんじゃなかろうか?
ついでに、俺は人付き合いが苦手なんで、それについても。
ってなわけで、考えてみました。読み飛ばせ

俺はまぁ15年生きてます。
でもやっぱ一人は嫌です。誰か居ないと生きていけません。
でも他人と出会いたくないです。人付き合いが苦手です。
矛盾してます。
他人が怖くっても、やっぱり一人は怖いもんです。
たった一人で生きてきた人なんて、居ないですよね。
動物に育てられた少女とかだって、決して"一人"だけではない。

なら何故、人は孤独を怖がるんでしょう。
まず、寂しいからですよね。
もう一つ、これが俺が勝手に考えた事なんですけど。
欠点の無い人は居ないんですよ。他人が居てこその欠点ですけどね。
他人が居てこそ、つまりそれを補い合えないから。物足りない自分がたった一人な状況なんて、辛いもんです。なぜかって、物足りないからですよ。
やはり人はどこかで、誰かと触れ合いたいんです。そう思ってるわけです。
意味がわかんない?すみませんね。馬鹿なんですよ、要するに。
でもこういう文を読んで貰う、つまり読ませる相手がいるだけでも、俺は一人ではないんですね。
こういう繋がりがあるんですよね。

"自分自身"を見せる、人間関係では重要ですよね。
でもそれが恐怖になる人も居る。俺もそうです。
でも、見せてみないと、腹の割った付き合いは出来ないんです。
コミュニケーションは、それが第一歩ですよね。
触れられるのを待つんじゃなくて、自分から。
偉そうな事言ってるけど、そんなこと出来る気がしません。
それはやっぱり、人なんです。
出来る人も居れば、出来ない人も居るんです。
みんな、出来るわけじゃ、無いんですよね。
そのアンバランスさが、人付き合いのいい所なのかも知れませんけどね。
誰にだって自分を表現する方法はある筈なんです。
俺だったら、小説だったり。
キャラの行動、発言に乗せて、自分の隠れた思いを・・
読み直すと、自分がわかったりするもんです。
歌手だってそうです。詩に乗せて、メロディに乗せて。
思いの形は人それぞれですよね。恋だってそうです。
俺が物書きを始めたのは、自分を見せる手段の練習だったのかもしれません。
なんかよくわからない野郎ですけど、ココを見てる方々。これからもよろしくです。
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"物書き"としての駄文

2005.04.11 Mon

こんばんは。ルークです。
俺は小説っぽいモノを書いてます。それは暇潰し、自己満足から趣味に発展しました。
文を書く事、または絵を描く事は、自分の心を現物に表す、という事に似てるような気がします。
例えるなら、俺の場合作文等は「面倒」と思って書きます。
面倒、という心の動きによって、作文は適当なものになります。
ところが小説は、「書きたい」と思って書くものです。だから丁寧なモノに仕上がります。
それは他人に評価され、それがまた心に働きかける。
その働きかけが心を育てて、また一歩進んだモノができる、と考えます。
文才があるだとか・・書く文章が豊かになる、という事は、気づかぬうちに心が成長している、という事・・だと、勝手に考えました。

いい評価貰ってるからって自惚れてる訳じゃありませんけども。
でもやっぱり評価されないとただの自己満足になってしまって、結局心は成長しないんですよね。
だから、読んでもらう相手、更に文を評価して貰いに行く姿勢・・前向きさも、加えて大切な事なんだと思います。

・・という事を風呂で考え付きました。
カラダとココロが洗われる場所では、思考力と発想が発達するんでしょうかね。
ネタも結構風呂で考え付いたりします。

長文・駄文でしたけども、少しでもアナタの心に働いたら、と思います。
おやすみなさい。
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